榊神社の沿革

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創建

明治4年廃藩置県が実施され、高田藩有志等が藩祖康政公を祀る神社設立を思い立ち、広く領内より募金、明治8年12月社名を榊神社として認可され、同9年1月城外大手前、元藩主別邸跡ー対面所(現在地)に社殿を建立、神宝に康政公の鎧、兜、刀剣を保存、明治39年10月8日県社に昇格、以後3代忠次公、11代政令公、14代政敬公も3名君を合祀現在に至る。

御祭神

康政公・・・井伊、本多、酒井の三家と共に徳川四天王と称された。

忠次公・・・二代康勝若年にして急死したため、康勝の甥にあたる大須賀忠次を養子に迎える。

政令公・・・榊原十一代の藩主。高田藩の財政の立直し、尚武の風を鼓し、開拓開墾に意を注ぎ、稲荷中江用水、笹ケ峰新田の開農等殖産興業に大きな足跡を遺し、また東條琴台等の学者を招き学問の奨励にも尽くした名君である。

政敬公・・・榊原十四代の藩主。高田藩最後の藩主として終りを全うした。

神社の祭礼日

5月13、14日・・・・例祭 9月13、14日・・秋祭
11月15日 七五三 1月1日 元旦祭
毎月 1日・15日 月次祭

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