9 第7回全国視覚障害者交流登山西日本集会 参加感想文
勝田ヶ山(かったがせん)からの大山(だいせん)
    勝田ヶ山(かったがせん)からの大山(だいせん)

記録: 新潟あいゆー山の会 山村 洪一
 新潟あいゆー山の会の山村、霜鳥の二人は、10月26日夕刻の六時前に、大阪駅であう。前回の米山以来、二ヶ月ぶりの顔合わせである。集合時間までだいぶあるので、大阪の地下街をうろつく。昨日行ったばかりの喫茶店に案内して時間をつぶす。
 6時15分、集合場所に行く。かなりの人達が集まっている。顔なじみの佐々木さんをみつけて声をかける。全員集合しただろうということで、新大阪に移動。新大阪のバス停近くのコンビニで、ビールを買おうと思ったが売っていない。大阪はまじめな街だ。

 バスはがら空き、一番後ろの座席を一人占めにして横になる。
 バスは一時間おきにサービスエリヤにとまり、十二時すぎに現地に無事到着。早速、参加の手続きを済まして寝る。
 10月27日。六時起床。富山三つ星の人達が、まだ着いていない。気にはなるが、「循ちゃんだから・・・(何が起きてもふしぎはない)」と、朝食をすませる。責任者会議では、いろいろと、こと細やかな説明があり、主催者側の準備の周到さを感じさせられる。

 私たち「新潟あいゆー山の会」は、二人とも「勝田ヶ山 (かつたがせん)」コース。霜鳥さんと僕とは班が分かれました。私は2班。 出発予定時間になっても、同じ2班の三名がまだ来ません。あっちこっち探し回ったあげく、約40分遅れでスタート。 
 先頭を歩く分銅さんは、スタートが遅れたのにもかかわらず、実にゆったりとしたペースで登ってゆきます。 茶園原をすぎ、一度車道に出たところで一本。元気なうちにとみんなで記念撮影。少年の家から一時間で頂上小屋着。先発の二つの班とは、それぞれ 30分と15分の遅れ。

 神社を 9時35分通過。一応、登山の安全を祈ってお参りをしておく。賽銭箱のないのが嬉しい。このへんは道も広くて、とてもあるきやすい。 秋の日射しが木々の間からこぼれてきて、とても美しい。 このあたりは、まだ紅葉も始まっていなくて、緑の葉が映えている。

 神社から、なだらかな上り下りを楽しんで、三角点を過ぎてから、はっきりとした尾根道に入る。灌木が生えているので、地図で見て想像していたほどには痩せていると感じない。 普段僕たちが登る山に比べると、「倒木が多い」というのが第一印象。普段、家で穿いているズボンなので、おしりやまたの部分が汚れると嫁さんに怒られるナーと思いつつ、倒木をまたぐ。ぬかるんだところもあるので、ズボンのすそを汚さないようにと気にしながら歩く。 越後、富山の山と同様、水系が豊富な感じがする。

 二つ目の三角点をすぎて、降りてきた先行の班とすれ違う。最後の急登である。 ザックを置いて、いよいよ登りにかかる。 5、60メートルの登りだが、急な登りがつづく。突然、傾斜が緩やかになったと思ったら頂上でした。
 頂上からは、大山 (だいせん) が黒々と見えました。
 勝田ヶ山は、狭い痩せ尾根の途中にある一つのピークで、頂上には標識もありません。頂上付近は、低い灌木に覆われていて見晴らしは良いです。 出発が遅れたので、頂上までは無理で、途中のどこで引き返す事になるかと思っていたので、頂上に登ることができて、とても嬉しかったです。それにしても先頭を歩いてくださった、分銅さんの歩き方は、とっても参考になりました。出発が大幅に遅れたにもかかわらず、あわてない、それでいてリズムに乗った着実な歩きに、山のベテランを感じさせられました。

 兵庫の村岡さんとパートナーを組ませていただきました。引っ張られることも、押されることもなく、とても歩きやすかったです。山慣れていらっしゃるという感じがしました。
 下りは、空の青、ふもとの新緑かと見まがうばかりの緑、黄色く、あるいは紅くそまった木々の葉と目を楽しませてもらいながら、そして関西人のギャグに耳を楽しませてもらいながら、さらに、暖かく香り高いコーヒーに喉を楽しませてもらって、ゆったりとした秋を味わっうことが出来ました。
 降りてきたら、もう怖いもの無し。早速、ビールで乾杯、そして地元のお土産をひとつひとつ味見しながら、参加の皆さんとのお話を楽しむことができました。

 山行中、下山してからの広場で、お風呂場で、そしてコンサート会場で、懇親会の席上でと、交流を広げることができました。メールで知り合った方達の名前と顔が、つぎつきと結びついてゆくのも、わくわくする気持ちにさせてくれます。
 コンサートも素敵な雰囲気でした。歌って頂いた歌の歌詞の一言一言が、とても心にしみわたりました。 この大会に参加されなかった人にも、ぜひ聞いて頂きたいと思う、素敵な詩でした。

 残念だったのは、コンサートの後、責任者会議のため交流会に最初から参加でなかったことです。 まっ、それでも 一時過ぎまで皆さんと、いろいろな話が出来ました、来年の山行計画もいろいろと出来ましたし、これで良しとしましょう。
 翌28日は、朝の来るのが早かったです。まだ寝たばかりだと思うのに、もう起こされました。 よい子はお掃除お手伝いで、ふとんをあげ、掃除をすませて食事。 そのあと、中山町ナルパスという温泉で朝酒。 全国代表者会議といういかめしい名前の会議に出席させていただいて、次回の東日本集会の計画を聞いたり、今回の「西日本集会・船上山アピール」を採択した後、お別れ集会。

 お別れ集会では、厳粛なセレモニーのあと、参加各グループの隠し芸などが披露されましたが、わが「新潟あいゆー山の会」は霜鳥さんが時間の都合で帰られたあとでしたので、部屋の隅に隠れて、なにも披露しないままでした。次回は、なにか出し物を考えていかないと恥をかくことになりそうです。 披露するも恥、披露しないも恥。
 さいごに、関係されましたみなさま、本当にご苦労さまでした。そして、本当にありがとうございます。
 今回の交流登山は、大・大・大成功であったと思います。
 以上。

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