創立の経過
「創立まで」
 1997年8月、長野県の飯縄山を中心に第5回視覚障害者全国交流登山が開催され、新潟県からは、宮下他10余名が参加しました。この時の全参加者は約220名でした。この交流登山では下見などで、東京「六つ星山の会」と大阪「HCかざぐるま」の役員の方々と交流を深めました。特にHCかざぐるまの徳本さんから、会報の提供や、全国の動向など様々な情報をいただきました。

 1999年5月、長野県上高地で第6回視覚障害者全国交流登山が開催され、新潟県から17名が参加しました。この時の全参加者は約250名でしたが、宿泊の関係で参加の制限があるほど、視覚障害者登山の広まりをより感じました。この時も下見などの運営面でも参加して、視覚障害者登山の基本を学びました。

 この交流登山では、残雪の関係でハイキングコースに変更しました。真っ白な穂高連峰を背景に、梓川の清流に沿っての爽やかなハイキングは、参加者にとって忘れられない大きな感動でした。
 帰路、バスの中では、二日間の感動の余韻にひたりながら感想とか印象、反省などを話し合いました。その中で、新潟県でも山の会を創ろうとの話がでました。こうして、10月の準備会への取り組みが始まりました。                              
  一方全国の視覚障害者登山が活発化している状況から、次回より東西に別れての開催と決まりました。2001年度は、西日本大会として、10月に鳥取県の船上山で開催される予定です。現在準備中ですが、すでに800名もの参加予定であるとのことです.
「創立準備会」
 1999年10月31日(日)午後1時、長岡市のアトリウム長岡で「(仮称)新潟県視覚障害者の山の会」の創立準備会を開催しました。参加者は12名でした。「準備会」計画は、創立発起人の一人でもあり現会長の宮下、現事務局長の霜鳥が行いました。

 「準備会」では、創立準備会までの経緯、会則、役員、山行規定など、会の根幹に関わる事項を協議しました。役員案も決まり、そして、協議の中で会の名称を「新潟あいゆー山の会」と決めました。「あい」は「eye(目)」、「i(私)」から「愛」など、「ゆー」は「you(あなた)」「友ゆう)」を基本に様々な言葉も連想できます。「ゆ−」のハイフォンは、点字表記法を入れました。この原案は、会員の林良子さんの提案で参加者一同の支持を受け決まりました。 この準備会には、新潟県勤労者山岳連盟理事長の鈴木義男さんも参加していただきました。そして、「新潟あいゆー山の会」創立に向けて、頼もしい支援の言葉をいただきました。

 11月には、高田盲学校の学校行事の講師として、H・Cかざぐるまの事務局長、徳本さん、名誉会長の黒葛原さんが来校されました。その時、東京六つ星山の会の前会長、松本さん等4名も同行されました。これは、話をうかがうのには絶好の機会でもありますので、「徳本さんを囲む会」を開催しました。現役員の内5名が参加した懇談で、資料の提供、両会の運営方針や問題点などをうかがたことは、山の会を運営するに当たって大きな参考になりました。      
 翌日は、紅葉と新雪の雨飾山へも同行して親交を深めるとともに、また、様々な話を聞くことが出来ました。

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