コラム8 

■佳作
「私の挑戦」 上林洋子(かんばやし ようこ)(58)

 大型連休の最終日、すがすがしい風が車窓から入ってくる。「左前方に見えるのがこれから登る高坪山ですよ」「それに続く連峰が昨年登った山で……」。山の会のメンバーたちの会話を聞きながら、視覚を失ったこの足でその山を確かめたいと興味がいっぱい。
 出産後、徐々に見えなくなった私は、夫や子どもたち、ヘルパーに頼って歩くだけで白杖で歩こうとはしなかった。そんな私が盲導犬歩行に挑戦したのは50歳を目前にした平成7年7月7日だった。犬が大嫌いでちゅうちょしていたが「与えられたチャンスだぞ」と夫に言われ決意した。
 私に与えられた盲導犬はシェルという雌。ハーネスを持って初めて歩いたときの感動は忘れられない。指導員の言われるまま「ゴー」と命令すると難なく風を切って歩けた。それは子育ての頃、子どもたちと手をつないで歩いた感覚に似ていた。
 盲導犬ユーザーとなった1年目は苦労の連続だった。10年以上もほとんど歩くことをしていなかった私の足は、すいすいと歩くシェルについていくのが大変。それに周囲の地図を体で覚えながら行動範囲を広げていくのだが、方向音痴と勘の悪さで現在地が分からなくなり、どんなに人に教えてもらったことか。あるときなど、迷いに迷ったあげくシェルが1歩も動かなくなった。途方にくれ座り込んだ足下に水しぶき。なんとそこは岸壁の上だった。また、タクシーに乗車を断られ、しかたなくバス停に向かったとき、しっぽをブンブン振って歩き出すシェルの仕草に励まされた。
 こんな私でも、こうして盲導犬と心を合わせて再び歩くことができるようになると、少しずつ体力に自信が持てるようになった。その上すばらしい人たちとの出会いにも恵まれた。
 そんなある日、県内の盲導犬ユーザーから「富士登山」の誘いを受けた。あの雪を載せた初日の出の写真はもう見ることはできない。それならこの足で山頂に立ってみたい。それも歩く喜びを再び取り戻してくれたシェルと夫と一緒に。私たちは登山日までの1年近く体力作りにひたすら歩いた。また「シェルも登るなら私も」と加わってくれた点訳ボランティアさんから、点字で登山の資料をいただき準備を整えた。
 こうして11人と2頭の盲導犬のパーティーが無事に富士山頂に立った。息も絶え絶えになりながら1本のボトルの水をシェルと分け合って飲んだ。山小屋で「盲導犬とはいえ犬は犬だから」と同伴を断られそうになったが、静かに伏せている様子を見てもらい、ようやく通路に休ませることができた。
 翌朝に拝んだ日の出。それは、ひんやりと頬にへばりつくような冷気が少しずつ溶けていくような感触。それが透き通るような柔らかさになり、深く吸い込んだ霊気が体内を満たす。周囲から漏れてくる感動。そうだ、今がまさに日の出の瞬間なのだ。思わず両手を合わせた。その手に頬に暖かな感触。これがあの懐かしくまぶしいほどの陽光なのだ。
 途中失明で勘が悪いから単独歩行など無理と諦めていたが、盲導犬歩行により人生観が変わった。家の玄関を一歩踏み出すことは、世界に繋がる一歩に等しい。この一歩を盲導犬シェル号から教わった。そして、2頭目のターシャ号へとバトンタッチされ、歩けることのすばらしさを残された感覚で味わっている。
 澄んだ空気を深呼吸し、滑りそうな急勾配を一歩一歩確実に踏み出す。パートナーのザックに付けたロープを握り、足を運ぶ方向やアップダウンの高さをキャッチしながら右手のストックで体のバランスを取って進む。「大きく右にカーブしてから50センチくらいのアップ」「右上に木の枝」「しばらく崖が続くので左側に気を付けて」と声をかけてくれる。それに応えながら周囲の変化に耳をすましていると、上からオゾンが降ってくるような、それでいて空間が感じられる。「ブナ林の中でしょう」と尋ねると「まあほんと、足元だけ見ていて気付かなかった」とパートナー。風に揺れる葉音で木の高さや種類など分かることもある。
 それから平坦な登りが続く。足下から気持ちのいい風を感じたとき、急にパートナーの歩みが止まった。「すごいやせ尾根、しかも急な下りよ」と怖そうな声。握っていたロープからザックの上に手を移し、その動きに従いながら慎重に足を運ぶ。パートナーと私の動作が一つにならなければ危険で歩けない。この緊張感が好きだ。靴底から伝わる感触を全身で受け止め、車中で聞いた高坪山のイメージをいま実感している。

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文責:新潟あいゆー山の会事務局
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