コラム 3 
韓国紀行記
 
新潟市 上林 洋子
  盲動犬ターシャへ日課のブラッシング旅立つ今朝は念入りにする

 パートナーとともに海を越え、異国から古里のすばらしさを味わってみたいという兼ねてからの念願が、三度目にしてついにこのたび実現することができました。世界を恐怖のどん底に落とし込んだサーズの発症にもめげず、私ども家族も全犬使会韓国交流ツアーに参加させていただきました。
 5月23日、新潟発11時の高速バスで池袋へ。そして始発電車に乗り継ぎ成田空港に無事到着したときはほっとしました。9時30分フライト、いよいよ「日韓盲動犬交流ツアー」のスタートです。実はターシャにとって飛行機は初めて。ちょっと心配でしたが離陸時のエンジン音に頭を上げたので撫でてやると安心したのか静かにダウンし一安心。昨夜の疲れもあり、11時55分、予定通り仁川空港着までぐっすり眠りました。

  盲動犬十九頭と人仁空港にっこりカメラへ「はい キムチ」

 「韓国は飛行機を降りるともう焼き肉のにおいでぷんぷんよ」と知人から聞いていましたが、何にもにおわないので少々期待はずれ。入国手続きも、JTB旅行会社やツアーコンダクターのおそどまさ子さんの計らいで難なく通過。ここで福岡、名古屋方面の参加者と合流し、ロッテ観光のバス2台に乗り込みツアー第一日目のスタートとなりました。私たちは1号車、新潟、東京、埼玉勢、ユーさんという日本語の上手な知的なガイドさんです。

  いくつもの嘘を沈めて波のどか北鮮日本に続く黄海

 まず最初におりた地は黄海海岸。おそどまさ子さんのキャッチフレーズどおり「仁川の海の水」に触り昨夜来の疲れを癒しました。中国、北朝鮮、日本へと続く水なのだと思うと「ほんとに地球は狭いのかな」としばし感傷的になったり、日本の砂浜と違う粗い砂を握りながら不思議な気分に浸ったり。この水は脱色作用があるらしく、友人のぬれたズボンの裾が脱色していたそうです。私にとってこの黄海は印象深い一こまでした。
 遅い昼食は石焼きビビンバと焼き肉です。熱々の器のビビンバをスプーンで下からかき混ぜながら焦がさないようにいただくのがこつ。たちまち空腹なおなかも満たされ、ビールもなんなく胃袋に。
 予定をはるかにオーバーしたバスはひたすら走ること3時間。儒城という地の宿舎のサムソン研修センターに着いたのは8時をとっくに過ぎていたと思います。

   「日韓盲動犬使用者交流会」歓迎の辞の凛として即時通訳に拍手沸き立つ

 指定されたテーブルにはすでに韓国のユーザーとそのパートナー23頭、関係者が待っておられました。即時通訳により進められ、視覚障害という共通点と盲動犬というパートナーを介し、和気あいあいとした楽しい雰囲気。私のテーブルにはパートナーが入院中だという韓国の男性とその家族。なぜ入院しているのかをたずねたのですが、うまく会話できなくて残念でした。私はぬけ毛をカバーするために着用している犬の洋服やトイレタイムに使うビニール袋と、その取り付けベルトなどターシャをモデルにして触ってもらいました。こちらでの盲動犬の貸与は学生が優先となるそうで、大学生や専門教育にたずさわっている若いパワーいっぱいの人が多かったです。すでに「おばさん」タイプのわたしは日本人で良かった!と思わず胸をなで下ろした次第です。食べ物もビールも、触れあった人たちもみんな最高でした。刻はすでに日付が代わり、そんな夜更けまで続いた第一日目でした。

 2日目 起床5時半、朝食6時半、7時半バスにて宿舎出発。身支度をととのえターシャのトイレタイムもかねて早めに外へ出ました。さわやかなカッコウの鳴き声でぼんやりしていた頭もすっきり。雨上がりの芝生でターシャは難なく用を済ませたので一安心。「大きくて白いバラが満開!」と友人の説明を聞きながら私は聴覚と嗅覚を動員して韓国の地の情報を探しましたが、時差も季節感も日本と同じでちっとも異国の気分になれないのです。サムソンはさすが韓国一の大企業とあって広大な敷地にスポーツ施設、プール、大会議室、宿泊設備などの整った研修センターが設けられています。その中を散策して食堂に入りました。食事はバイキング。私はお粥を中心としたメニューを選んでもらいました。主婦をしなくてもおいしい食事がいただけるのですから旅は最高です。

 あいにく雨が降り出し、ターシャに雨具を着せての出発です。韓国のユーザーも同乗し、ソウル市内まで意見交換などが活発になされました。
 まずはえバーランドに到着。ここはソウルでも大きな遊園地。雨降りなのでいつもより空いているとか。用意されたビニールの簡易雨具を着用して園内をまわりました。すばらしいバラ園も雨の中。でも満開の大輪に触れたり、高貴な香りに立ち止まったり。メリーゴーランドにターシャと一緒に乗ろうとしたら「危険ですから犬をあずかります」と通訳の声。私は「日本では一緒に乗っていますから大丈夫です」と言いたかったのに、言葉のつうじないもどかしさ。雨具を着たままの集合写真も良い思い出となるでしょう。ここで昼食のチャーハンと春巻きをいただきエバーランドを後にしました。

 次は今回大変ご足労をおかけした「サムソン盲動犬学校」の訪問です。盲動犬候補犬たちがワンワンコールで歓迎してくれましたが、私たち19頭のパートナーの動じない態度に誇らしくさえ感じました。盲動犬の歴史が浅い韓国では、日本の施設を見学し学校の設立に当たったり、パピー(盲動犬候補になる子犬)の交換なども行われ、日韓交流が進んでいるのだそうです。そういえば、私が最初のシェル号を取得する際、韓国の先生が訓練の様子をカメラに収めておられたことがあったっけ。最後に記念樹を当会々長と事務局長が植樹し、より一層の発展を祈念いたしました。

 次の下車はコーカ門広場。おりよく雨も止んでくれました。日韓親善のシールをほっぺにつけ、繁華街を肌で感じながら歩くことになりました。ワールドカップスタジアム前はお祭りのようなすごいにぎわい、あちこちのイベント広場から、いろいろな言葉が耳に飛び込んできます。今、日本で活躍している若い歌手のボアーのコンサート会場からも歓声が聞こえ、同行した大学生の姪はちらっとその姿が見えたとか、CDをもらったとか。また、世界の食べ物を紹介しているというコーナーからはおいしい匂いがいっぱい。なぜか、日本のコーナーをみつけることができませんでした。家族連れや若いカップル、トキには喧嘩をしているような場面にも出会いました。こちらでは盲動犬に対する対応が日本と違うのか、それとも、まだあまり知られていないのでしょうか、口笛や舌打ちをしながら近ずき平気でパートナーを触るのです。でも、その様子はさも犬好きという感じ。交通の激しい道路を横切るとき何カ所かに点字ブロックをみつけましたが、日本のような音声信号機はなかったと思います。何となくものものしい雰囲気なので友人に尋ねると、そこはアメリカ大使館。警備の人や、大型車が横付けされているとか。一瞬厳しい現実に緊張がみなぎりました。

 そのまま広大な敷地に200棟もの宮殿があるという景福宮の散策へと進みました。石畳や曲がりくねった道、韓国の歴史を忍びながらさわやかな緑風にその広大な面積を感じつつ。古い石垣のそばにほたる袋がひっそり咲いていたのが印象的。
 今度は免税店でショッピングタイム。初日、バスの中で換金してもらい1万円が10万ウォンになると聞き、何となくお金持ちになった気がしていたのですがなんのことはない、買った品物の価値は同じくらいなのです。たとえば、韓国海苔1箱7500ウォンならば750円となるわけ。お札の隅に日本と同じように点字があるらしいのですが、私にはまったく見分けられませんでした。日本語も結構つうじ、楽しみながらのショッピング。
 さて、財布が軽くなりおなかが空いてきたところでいよいよ韓定食のパーティーです。4人で一つのテーブルを囲み10数種類のお料理が次々と運ばれ、それぞれ取り皿にとっていただくのです。どれもみんなおいしくて、でも、かなり辛い物もありでコップの中がすぐに空っぽになってしまいます。

 本日最後のスケジュール、民俗舞踊の観賞です。手を伸ばせば舞台に届くほどの真ん前で、民俗楽器の響きや踊り子たちの動きなどものすごい熱気が伝わってきます。にもかかわらず昨日からのハードスケジュールと韓定食で満腹になった上、辛さにつられて飲んだアルコールが程良く効いて睡魔との戦い。何度どん底へ引きずり込まれたことでしょう。人間よりはるかに聴覚の優れたパートナーたちも響き渡る演奏にも動じず、足下で居眠り。終了後、踊り子の衣装に触れさせてもらったり、握手や記念写真にご一緒していただいたり。帰路のバスに乗り込んだのは9時をとっくに過ぎていました。昼に歩いた繁華街に花火があがり、まるで私たちを見送ってくれるかのように・・・。おそど昌子さんが、ソウルの夜景を説明してくださるのを聞きながらまた睡魔にひきづり込まれ、宿舎に着いたのは12時近くでした。

 3日目 昨日と同じく起床5時半、出発7時半。荷物をまとめさわやかな日差しの中バスに乗り込みました。

   広やかな風に包まれ旅心ゆうらり揺るる漢江クルーズ

 最初はソウルを東と西に貫いている漢江クルーズ。この大河は初日、水に触れた黄海に注いでいるのだそうです。晴れわたった乗船場で浜焼きのようないい匂いにつられ、ついビールも買って遊覧船に乗り込みました。もちろんターシャたちパートナーも一緒。私の席は2階。ここではせっかくのクルーズの気分も感じられないので下におり甲板に出ました。大河の風に思いっきり吹かれながら…。

 最後の観光は南大門市場。ここは東京でたとえれば「あめよこ」的雰囲気とのこと。ガイドさんから「値切って買うこつ」を教わり下車しました。集合場所と時間を念入りに言い渡されて。なるほど、いろいろなお店がありあちこちから「いらっしゃい!」と声がかかります。びっくりするほどやすい衣類店、珍しい野菜や果物店、不思議な雑貨店、いい匂いがする食べ物店、化粧品店・・・ピンからキリまでってこのことだと思いながらのぞいてまわりました。買い物をしたとき、ボールに水を入れてターシャに飲ませるように言われたお店もありました。夫が皮のベストを値切っているのを待っていたら「空港で会いましたね」と日本語の男性に話しかけられました。横浜の方で日本盲動犬協会の近所にお住まいと聞き、急に近親感を覚えました。買いたい物もいっぱいあるし、でも集合時間。ところが、その場所にいくら歩いてもたどり着けないと友人がいうのです。あちこちでたずねるのですが売買の言葉は通じても、肝心な会話が成り立たないではありませんか。うろうろさまよっていると「こっち」とよぶ片言のおじさんに助けられ、なんとか添乗員に巡り会い、やれやれ。でも20分もとっくにオーバーして、みなさんにすっかり迷惑をけてしまいました。

 遅い昼食は感じのいい食卓を囲んでのお食事会です。メニューは「サムゲタン」。「握り拳二つ並べたくらいの鶏が器に・・・」と聞いただけで私はパスしたくなりました。若鶏のお腹の中に、コーライニンジン、栗、餅米などを詰め、独特の調理法で煮込んだ物で足から先にほぐしながらいただくそうな。友人が食べやすく取ってくれたので、おそるおそる口に運ぶと・・・なんと、おいしいこと。描いていた怪しい姿など吹っ飛んでしまい熱々をふうふうしながらいただいてしまいました。冷たいビールも、また最高。
 ツアー最後の日程はキムチの専門店。それぞれ材料や製法の違ったキムチの説明を聞きながらの試食コーナーが大人気。キムチはもちろん、韓国ならでわの味噌やおつまみをまた買い込んで。
 満腹とほろ酔い気分で一路仁川空港へ。盲動犬の検疫チェックも以外と簡単に済み5月26日、夕刻6時40分、日本に向かってフライトしました。

   エプロンをきりりと結べば吾はもう主婦になりたり旅もどり来て

 このツアーで多くのことを学び、多くの人と出会い、多くの体験をしました。そして、多くの方々のご厚意により無事に帰宅できたことを感謝申しあげわたしのつたない旅行文を閉じたいと想います。

文責:新潟あいゆー山の会事務局
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