25 短歌と受賞の言葉

○ 入賞短歌

 上林洋子さんの「第16回にいがた市民文学」文学賞 短歌の部 入賞作品です。

 市民文学第16号(平成25年)

百合の香

  見ゆること疑わざりし若き日のふと蘇る 百合の香の風

  もう少し歩いてみよう雨後の朝百合の香ただよう路地を曲がりぬ

  投票を終えたる帰路はゆったりと百合の香の路地へ盲導犬促す

○ 受賞の言葉

 子育て真っ最中に視力を失ってから現在まで、見えていた年月よりも、見えなくなった年月の方が長くなってしまいました。こんな私によく問われることがあります。
「見えないってことは、いつも真っ暗なのでしょうね」と。でも、私の目の前は「いつも透明」なのです。つまり、明るい光が存在すればこそ、暗い闇も認識できるのです。残された感覚から得た情報がまな裏に広がり、その色を描いてくれるのです。

 木の葉をゆらしさわやかな風が運んでくる匂いで深緑を。ぽかぽか差し込む日差しで春のまぶしさを。小鳥のさえずりが高く澄んで聞こえる朝はまっ青な空を。庭先で並んで咲いているチューリップに触れて、赤、白、黄色と。野菜サラダを盛りつけるとき、トマト、キュウリ、レタスの色を。

それは私の記憶の中にある情景で、もしかしてセピア色になっているかもしれない。それでもいいのです。残された感覚を精いっぱい動員して、見えていたころの記憶を手繰り寄せながら三十一文字に託す喜びを短歌の世界にみつけました。
 失明当初は小声で繰り返しながらまとめた三十一文字を、子どもが学校から帰って来るのを待って書き溜めてもらっていました。でも時々途中で忘れてしまうこともあり悔しい思いをすることも度々でしたが、音声を頼りに操作可能なパソコンの登場により、今は自分の手で文字処理ができるようになりました。

 知人から進められ「文芸新潟」に応募してもらい佳作欄に載ったのは第3号くらいだったと思います。それから「市民文学」となった今日まで私という人間の「安否確認」のように休まず投稿させていただいております。

 この度「文学賞」の連絡をいただいた日は、盲導犬のフィズと木犀の漂う公園を散歩して来た直後でした。思わず「何かの間違いではないでしょうか?」と受話器を落としそうになってしまい、しばらくは信じられなかったのです。今でも五、七、五、七、七、と指を折り小声で繰り返してまとめている私なのですから…。

 持って生まれた五感の一つが失われても、残された四感が補ってくれることに感謝し、これからも私だけの世界を三十一文字に託して参りたいと思います。


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