コラム 2
私の白杖デビュー 1 
H・T(女性)
  私の白杖デビューは、今年(平成15年の春)の始めでした。講習会の帰り、冬なので4時になると暗くなってきます。駅前の人込みの中、歩きながら白杖を出そうか、どうしようかとドキドキ。「エイッ」と声をかけ、白杖をだし、Sさんに教えていただいた防御の持ち方で歩いて行きました。すると、何て歩きやすいんでしょう。前から来る人が「スッ」と避けてくれます。

 よく障害者側が周りの目を気にする言葉を聞くので、私は周りの人の視線を追いながら歩いてみましたが、ほとんどの人が自然に、普通に私の脇をすり抜けて行きます。  「なあんだ、気にするほどじゃないじゃん」と思っていましたが、それが、N市になるとちょっと違います。見てはいけないものを見てしまったような、不自然に避ける視線。チラチラと見る視線。

 「おお!、これだな」と思いました。でも、「何でだろ〜、何でだろ〜。」それは、白杖を目にする機会が少なく、慣れていないせいじゃないか。私もN市に住んで17年の間に1回見かけただけです。では、どうすればよいか。
 目にしてもらいましょう。慣れてもらいましょう。それには、白杖を持って外に出ましょうという考えになりました。ただ、伸ばして突いていると「あの人、目が悪いんだな」と終わってしまうのはつまらないので、三つ折りにしたり、二つ折りにしたり、たまに伸ばしたりと、形を変えて持ち歩いています。その時は、何だか分からなくても、後で「あれが白杖なのか」と、思ってくれればいいな、視覚障害者を理解してくれれば嬉しいです。

 ただ、私もそうでしたが、白杖イコール全盲という考えが多い世の中、視覚障害者(私の場合、色変「注」)への誤解を、理解に変えてもらおうという試みが、見えているのに白杖を持っていると誤解に終わってしまったら、他の障害者の方に悪いなという気持ちもあり、新大のH先生にお話したところ、白杖は見えない人だけではなく、見えにくい人のものでもあると聞かされ、少し安心しました。白杖を持っているうちに、これは、”かわいそう印”ではなく”便利印”だなと思うようになりました。
 元が変人の私、障害者手帳を交付の時も「すごい! こんなサービスもある」と明るかったので、どうなぐさめようかと考えていた家族を見事に裏切りました。だって、落ち込んで治るなら、ドップリ浸かりますけど、状況は変わりませんもんね。かえって人生の仕切りをもらったようで、新たな道が見えた気持ちになりました。先細りの不治の病という道に障害者という脇道もでき、そこを先生方やいろんな人が街灯を付けてくださっているという感じでしょうか。

 私は私のために何ができるだろう。
 昨年から白杖講習会に参加し、今は点字入門書を購入してポチポチやっています。
 では、社会のために何ができるだろう。
 とりあえず笑っていること。障害者イコール、暗い人生じゃないよ、そして、白杖を持って歩くこと。いろんな人がいるんだよ。
 今はこんなところでしょうか。


 「注」色変=網膜色素変症
 網膜色素変性症とは、網膜に異常な色素沈着が起こる一連の病気のことです。
 網膜が壊れていくに従い、最初周辺が見にくくなったり、暗いところが見えにくくなったりします。長い年数をかけて進行することもあり、中心だけが見えるという場合もあります。
(JRPSのホームページより)

 H.Tさんは、「新潟県視覚障害者のリバビリテーションを推進する会」主催の「誘導・白杖歩行講習会」に、昨年から参加している元気印の女性です。
 自分の体験を通して、見えにくいことを周りの人たちに伝えることの大切さを考えています。

文責:新潟あいゆー山の会事務局

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