71 第39回例会山行「山古志周遊」の記録

すが峠展望台
               30日、すが峠展望台にて

 山古志散策に参加して
 記録:宮下幸夫

 2009年(平成21年)5月30日(土)・31日(日)に、新潟あいゆー山の会の第39回例会山行として、山古志散策が行われました。今回の計画立案は、諏訪さん、坂牧さん、そして霜鳥さんにも急遽協力していただき、計画通り実施することができました。

 30日(土)は、当校の小体育祭(高等部普通科生まで参加)の日であり、10時半から休みをいただいて、アパートにもどり荷物を持って、途中のコンビニで買い物をして、越後石山駅発11時15分の電車に乗りました。電車には、新潟駅から上林さんご夫婦が乗って来られ、途中の新津駅からは小田さんが合流して、4人でおにぎりなどを食べながら長岡へ向かいました。

 12時24分に長岡駅に到着し、諏訪さんと利根川さんが迎えに来てくださいました。私は諏訪さんの車に乗せていただき、アトリウム長岡駐車場で、田村さん中村さんも合流して、途中坂牧さんの家に立ち寄ってから目的地の山古志に向かいました。その頃から小雨があたってきて、あいゆーの行事では雨に降られたことがないという坂牧さんのジンクスも何だか怪しくなってきました。

 5年前の中越地震による被害から、すっかり道路は復旧しており、3・40分で山古志に入りました。今晩の宿泊場所である「あまやち会館」に荷物を置いて、午後2時頃から萱峠までの散策に出かけました。雨はすっかりあがって暑いくらいでした。周りの緑を眺めたり、鳥の声を聞いたり、休耕田になっている田んぼなどを眺めながら萱峠の展望台に着きました。

 展望台では、守門岳の方角に虹がかかって、とてもすばらしい景色とのことでした。野崎さんの盲導犬オンリーが途中から遅れがちになりましたが、奥さんが迎えに行き、目的地の展望台まで全員来ることができました。
 舗装された山道を歩くこと往復2時間余りで、あまやち会館に戻り、入浴後、早速冷えたビールでのどを潤しました。

 夕方、諏訪さんは翌日の国体関係の仕事のため、帰宅されました。6時からは夕食で、途中からはカラオケが始まり、とても楽しいリラックスしたひとときを過ごすことができました。

 翌5月31日(日)は、朝起きてみると雨模様で、ちょっとがっかりした気分でした。8時に朝食をとってから、荷物を整理してロビーに降りてみると、当日参加のみなさんが集まっておられ、おみやげなどを買い求めたり、楽しく談笑したりして、9時に車に分乗して山古志周遊に出発しました。

 最初に雨の中、坂牧さんの自宅があった所に行ってみました。道路から見て少し小高い所に家があったとのこと。高田盲学校に通っていた頃は、ここから上越線の小出駅を経由して、高田まで行っていたとのこと。帰省の際にはずいぶん大変だったのだなと改めて思いました。

 次に山古志会館「茶坊主」に行き、地震の時のビデオを見ました。ここには三十三観音像があり、これは地震の際の倒木を京都の著名な彫刻家の方が、復興を祈念して彫ってくださった物とのことでした。次に、木籠河道閉塞(こごもかどうへいそく)へ行きました。ここは地震によって川がせき止められて、家が何軒も水没してしまった地域でした。駐車場の傍らでは、地域のおばさんたちが山菜などを売っていました。

 そして、山古志周遊のメンエベントともいうべき「中山隧道」へ行きました。この隧道は877メートルあり、日本一長い手掘りのトンネルなのだそうです。壁に触れてみるとむき出しの土の壁があり、所々から水が滴っていました。帰りは、隣にある現在のトンネルを歩いて戻りましたが、時々通る車の轟音には恐怖さえ感じました。

 次に、また車に乗って山古志闘牛場へ行きました。闘牛はやっていませんでしたが、周囲が木々で囲まれた浅いすり鉢型の闘牛場の雰囲気を感ずることができました。今後は山古志の闘牛場は一つにまとめられ、数億円の予算を使って屋根を設け、闘牛が行われるとのことでした。

 最後に、多菜田(たなだ)という食事どころで山菜料理がいっぱいの昼食を食べて(私は夕食用にお弁当まで頼んで)帰路に着きました。帰りは、新潟方面組は中沢さんに長岡駅まで車で送っていただき、長岡駅発14時37分の電車で新潟に向かいました。

 私は、ずっと以前から山古志という所に一度は行ってみたいと思っていました。まだ坂牧さんが高田盲学校の生徒の頃、学校のがんばり遠足で訪れた「中ノ俣」(なかのまた)という所で、「君の家がある山古志とは、この中ノ俣のような所か?」と何度もたずねたことを思い出します。

 ところが一週間前に母が亡くなり、今回の山古志散策は断念せざるを得ないと思いましたが、母が、私が山古志へ行けるように計らってくれたのかななどと思ったりしています。
 山古志は、予想通り、自然が豊かでとてもすばらしい所でした。しかし、雪国なので、冬の厳しさは私には想像もつきません・・・。
 計画してくださったみなさん、大変ありがとうございました。とても楽しかったです。

 高橋ひろ子さんの感想

 第39回例会の山古志に初参加させて頂きました。
地震から四年半、道路も綺麗になり地震の面影も少なかったですが ”帰ろう山古志に”のスローガンの元、皆さんが力を合わせて 今の復興があったのだと改めて思います。

 中山隧道の手堀の跡にも驚きと感動を覚えました!! 後世に残していかなければならないものだと思います・・・。 人間一人の力は僅かでも、皆が心を一つにまとまった時の力はすごいものがあると思いました。

 あの山古志の風景は、実は私の生まれ育った故郷の風景にも似てとても懐かしく、故郷に帰ったようでもありました機械の入らない棚田に斜面の畑・・・。

 一時間近くも歩いて通った小学校に中学校・・・。懐かしい風景に、本当に行って良かったと思います。 初めてお会いする方ばかりでしたが、自然に皆さんともお話しができ楽しい時間を過させていただきました!!

 色々とお世話していただいた皆さん、本当にありがとうございました。
夢見平も参加させていただきたいと思います。 宜しくお願い致します。 又、皆様にお会いできる日を楽しみにしています。

PS: あの地震のあった夜、我が家に初孫が誕生したのです。余震の中、生まれた孫は今年の10月23日で五歳です。地震のことは忘れようにも忘れられない出来事となりました。

 上林洋子さんの感想

 こんばんは、新潟市の上林洋子です。あの大震災から5年が経ったのですね。その爪あとを肌で感じて、心が痛みました。

 小雨の中、特に、坂巻さん誕生地跡に立ったときは参加者みなの心にも雨が降
っていたと思います。山古志例会、とっても楽しかったです。前から一度たずねてみたいと思っていました。山の空気をいっぱい吸い込み、汗を流しての茅峠ウォークが一番印象的でした。

 夜のお天気祭りは、あいゆーはじまって以来のほっとなムード! みなさん、すばらしい役者ぞろいなのでびっくりしました。

 (上林さんの一句です)
 山行も またカラオケもナビつきの あいゆー例会 山古志の夜

 手掘りの中山隧道にも感動しました。ところどころに灯りがあるようですが真っ暗なところになるとパートナーの高橋さんの足運びが鈍くなるので明暗を感じられない私にその隧道の暗さを理解することができました。
 みなさん、大変お世話になりました!

 野路 翠の感想(ゲスト参加)

 5月31日同行させていただきました野地です。埼玉県小川町在住の私が法事で実家(堀之内町)に帰省中にあいゆー山の会第39回例会山古志散策のことを姪から知りました。

 父の生まれた所でもある山古志には一度行ってみたいと思っていましたので姪の小田ふじ子に連絡したところ快く仲間に入れていただきました。

 当日は、行き帰りは土砂降りの雨でどうなる事かと心配しましたが、9時過ぎ、あまやち会館出発後は不思議と小雨になったり晴れ間だったりで大雨には遭遇することなく山菜豊富な緑の山々を視野に山古志闘牛場及び牛舎・木籠河道閉塞自然ダム(中越地震により川がせきとめられ自然のダムができ民家が水没した現場)・山古志会館でお話を聞きながらビデオをみたり…三十三観音像のお参り、山古志が元気に復興していく今の状況がわかり気持が明るくなりました。

 その後は昭和9年から掘り始められ昭和24年に貫通した手彫りの中山隧道を歩いて通りました。トンネルの中では手彫りの壁に触ったり、水の滴り落ちる湿った空気を吸いながら、一人ではとても通れない!! 山越えせずに病人を医者に診てもらいたい当時の住民の熱い思いを感じたり等々の思いを胸に歩いた900メートルでした。それにしても皆様の歩くことの早いことには驚きました。
 昼食は山古志のおいしい山菜料理を堪能しまた。
 午後1時30分過ぎに解散。

 この度あいゆー山の会に参加させていただき皆様の不自由を全く感じさせない元気の良いパワーに感激しました。

 私は長年勤務した職場(児童養護施設)をこの春退職しました。体調の悪さを常に感じていましたが、山古志の復興とともに皆さんのパワーに元気づけられ又活動できる気持になれました。
 友人夫妻ともども快く仲間に入れていただき感謝しています。ありがとうございました。

 小田ふじ子さんの感想

 30日31日は、お世話になりありがとうございました。諏訪様、坂牧様下見計画実行をありがとうございました。大変道路が良くなり驚きました。萱峠散策では、カタクリの種とアケビの花をおしえてもらいました。
 展望台があり360度のパノラマは最高です。オンリーも 暑い中階段の急にもかかわらず頑張りました。
 中山隧道では 暗い中歩行訓練と 思い 歩きました。コウモリもヘッドライトに驚いていました。
古篭(こごも)集落では13個もの住宅が水没されてなんとかならないものかと掘り起こしてやりたくなりました。
 山古志役場は立派で復興の鐘もいい音でした。闘牛場までの間の家は壊れていないような古いお家もありました。闘牛場を一回りしてみたのですが来賓席がとてもよく出来ていました。
 お昼は、山菜のごちそうがずらりでした。今回は 私の親戚友人も参加させていただきましたが 大変喜んで帰りました。お世話になりありがとうございました。運転していただきました利根川さん中沢さんありがとうございました。

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